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世の中はイーブンってことで、、、

今日、同僚に愚痴った。

「ヘィ、聞いてよ。Facebookで友達申請したら無視された。12-3年前にとっても仲がよかったんだよ。デートはしたことなかったけど、いっつも一緒に遊んだ仲だった。そのときは好きだったかもしれない。でも今は時が流れて彼は今美人の日本人奥さんと3人の子持ちで幸せに日本で暮らしているはず」

「何で無視したんだろう?」

すると同僚はあっさり

「ストーカーだと思ったんじゃない?」

そ、そ、そんなぁ!!!!

ちっ、もしかしたらそうかも、ふん、でもそんなことは本人に聞かねば分からぬことだ。
私はストーカーするほど暇じゃない。ふん。ちょっとくやしい。

うちに帰って旦那に男心を聞いてみた。

「昔とっても仲がよくってよく遊んだ友達に友達申請したらあっさり無視されたの、これって男心はどうなっているの?」

ときいたら、

「そうだなぁ、答えはこの二つのうちのどちらかだな、思い出せない、、、か、嫌いだった」

き、き、嫌いだった?あんなにいっつも一緒だったのに?
ちっ、今思えば思い当たらない節もなきにしもあらず。。。でもこれだって本人に聞かねば解るまい。わざわざそんな昔の付き合ってもいなかった男にいまさらメールで「嫌いやったん?」など聞けるもんか。ふん。

無視された友達はこれで二人目だ。。。。

で、でも無視した友達も二人いるぞ。。。

ということはこれでイーブンだな。世の中上手く出来ている。

ふふふ、よしとしよう。

長く生きていればいろいろあるもんだな。

Facebookのおかげでいろいろ昔の知人に手が届くようになったな。

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捨てる神あれば拾う神あり。

私は学校へ行く準備を進めている。かれこれ12ヶ月もの間、学校で読むことになるだろう本を読んできた。教科書だったり、小説だったり。9月からの学校を怖い反面、わくわくしている。

ところが、

ここに来て、もうカレッジにサインアップしてあと2週間で退職届を出すというときに、私が職場で6ヶ月も前に出したプロモーションが通って”昇進”というチャンスがやってきた。

私は以前のボスに聞いてみた。彼女は「私が適役だと思う」といってくれた。なぜ今頃と思う反面、私を必要としてくれるところがあるという喜びでいっぱいになった。私は自分のスキルが十分にこのリクワイアメントに見合っているという自身はある。

でも好きかといわれるとそれほどでもないのだ。国会議事堂を見渡せる自分のオフィスを心から愛しているというのは事実。でも1日中動かないデスクワークに飽き飽きしているのも事実。

実はこれは初めてではない。3年前にも同じことがあった。学校に行く書類をそろえたところでプロモーションがあった。そのときは1も2もなく私は飛び乗った。前回は伸び乗ったのが正解だった。昇給し、二人目の子を生むこともできた。

今回も昇給はあるだろう。旦那をちょっと幸せにすることも出来る。

でも今までの12ヶ月の努力がまったく水の泡になる。私はもう40を超えてしまった。次にこんな状態になったら学校へ行って看護師になる選択肢はなくなっているだろう。キャリアチェンジは若い方がいい。

最後の最後にこんな選択の試練がやってくるとは思わなかった。プロモーションが通るなんてことはこのオフィスでは早々あるわけではないのだ。

連絡を受けた昨日はさっぱり眠れなかった。締め切りまであと1週間。眠れぬ日々と付合ってやらねばならない。

Hope for the future, prepare for the worst.

Hope that I can make the best decision possible...for me and my family.

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ナンバー1の苦しみ。

私は大人になるまで、ナンバー1という人にあったことがなかった。いつも中の中かその下って所をうろうろしていたと思う。周りの人もそんな感じだった。それはそれで楽しかった。ナンバー1の人の気持ちなど考えたこともなかった。その必要もなかった。

カナダに来てからいろいろ頭のいい人に出会うようになった。職場はカナダ中の秀才がインターンとしてやってくる。一緒に野球する人で博士号もっている人も少なくない。でもみんな優秀ではあるが1番ではない。首相だって一番ではなかった。今は国をリードする人だけど。そんな人たちは、みんなちょっと仮面をかぶった感じがするけど、めくればいい人たちだと思っている。とてもユニークだ。そしてわくわくする世界を持っている。知識の宝庫。

ここでいいたいのは、

1番だった人は他の人とちょっと違った悩みがあるんだなぁと最近気づくことがあった。もちろん想像はつくけど実際に見たことはなかった。ほとんどの知人はみんな優秀だけど1番ではないから1番であることの苦悩というのは実際ついてこない。つまりホームラン王がホームランの数をキープする苦悩というのか、大食い競争世界1が世界1でい続けるための食の苦悩ってやつだな。

私は以前に信じられない天才小僧が私の友達夫婦の長男坊であると書いたことがあった。(いやなかったかもしれない。書き忘れたかも)18ヶ月のときに「僕のオムツはお母さんが替えるからいい」といって私の目を点にした口の達者なベイビーだ。うちの息子は24ヶ月なのに未だに「水ちょうだい」がいえない。今はその長男坊2歳半でやっぱり会うたびごとに顎はずしそうになるほど口が達者なのだ。

親がわかる。

まぁ、この子どもを製造するのに精子を提供したのがその「1番」のB君である。彼は真の1番街道を歩いてきた男なのだ。

彼は大学でコンピューターサイエンスを取って首席で卒業している。旦那にいわせるとダントツ1番だったらしい。旦那はっていうと、同じ年に同じ大学を何とか卒業できた。Bは天才だったわけではなく超秀才だったようで、まるでラブか図書館に住んでいるような男だったらしい。かといって超ギークかといわれれば、スポーツ万能で背は175センチくらいだけれど190センチ男のブロックをかわしてスパイクを決めるほどジャンプする。野球をさせると細い体からホームランを連打する。

自分のことしか話さないけど、面白いし害はない。人付き合いもいい。学校を卒業してすぐこれまたとてもチャーミングで頭のいい奥さんをもらって今3人目の子どもが4ヶ月。友達同僚の中では一番の子沢山。多分、友達同僚の中では貯金額も1番だろう。30になる前に家のローンも終わってしまっている。

これは1番であったことについて言っている。彼が世界で一番だったわけではなく、そのおかれた環境において、常に1番だったのだ。もちろん言い換えれば自分が1番になれる環境に身をおいただけのことかもしれない。でも並々ならない集中力で勉強に打ち込んだは確かだ、私の旦那が見ている。彼の家族が送ることの出来た大学で1番の成績だったのだ。すごい田舎出身なのだ。旦那曰く恐らく前の職場でもトッププログラマーだったに違いない。らしい。そうであるべく夜な夜なうちに仕事を持って帰ってきているのは知っている。カールトン大学でマスターもとっている。転職した先でもやはりトップのプログラマーなのである。

万人の住む一般社会においては弊害も出る。

それは、

彼は1番になれなかったときに手のつけようのない男になる。

バレーは6人でする。他のチームメイトがミスをして負けそうになるとかなりの罵声を発する。自分のチームメイトに対してだ。でもゲームが終わればけろっとしているけど。野球で打順が気に入らないと靴履きかえてうちに帰ってしまう。(特にあまり調子のよくないときなど)

まぁ、Bだから仕方ないかな。と私は思ったりする。旦那はその子どものような行動にちょっと怒っている。

でも彼はここへ来て30半ばになって、無理がきかなくなってきたようだ。幼児3人抱えて妻はだんだん強くなり、自分のことに打ち込む時間が少なくなってきたみたいで思ったように1番でい続けられないようだ。野球やバレーで怪我もよくする。準備が出来ていないんだろうな。

ベンチに座って気の抜けたような失望したような顔になっている。

何しろ1番か尻尾巻いて逃げるかって感じなのだ。

子どものように何もかも放り出してしまう。1番でいられないならやーめたって感じ。

これでも父親になってから少しは大人になって罵声を発することはなくなった。旦那は成長したなぁ、といっていた。旦那は一緒にスポーツしなかったらとてもいいやつで好きだと言っている。

でも近頃は罵声を発する代わりに途中でやめちゃうようになったようだ。帰っちゃう。でもBはそこいらのプイっと背中を向けて逃げていく男と違って、とても辛そうなのだ。帰るしか他に道はないって顔になっているのだ。

で、私は思った。

彼はもうじき常に1番でいなければいけないということから卒業して、人生楽しもうと思うようになるのかなぁ。その脱皮時期なのかなぁ。つらそうだなぁ。乗り越えたらホームラン打たなくても野球楽しんでくれるよね。るんるん

そう、私はそう思ったのだ。

実際はというと、

野球(ソフトボール)に来なくなってしまった。ホームラン王バッターでいられなくなった彼はプレーするのをやめてしまったようだ。

彼はもし仮に、トッププログラマーでいられなくなった日が来たらどうするんだろう。

一般市民の私たちのように一緒に馬鹿にはなってくれないのだろうか。

王監督のようになるか、伊良部のようになるか、
この先も見続けて生きたいなぁと思った。



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家族総出の作業

最近は旦那がよく洗濯物を手伝ってくれるようになりました。とても助かります。ジェスも興味身心で干したり、取り込んだり、たたんだり引き出ししまったりのお手伝いをしてくれます。もちろん自分でさせると後からほとんどやり直しなので補助として入ってくれます。

でもおしゃべり好きな彼女は何でも言葉に出して手伝います。
手渡しでかごからたんすに入れるのですが、彼女がかごからすくって箪笥にしまっているお父さんに渡すときに

こんな感じでいいます。

おとうさん、これTシャツ
お父さん、これパンツ
お父さん、ここアナあいてる。
お父さん、これ靴下。
お父さん、これお母さんのよ。

お父さんは、

yep
yep
yep
yep
yep

となんでもイェップ(はいはい)といって受け取ります。

今日はこんなことがありました。

手渡しの途中で

ぶぶぶぶぶぶ!

とおならが聞こえました。かがんでしまっているお父さんがおならをしたのです。おしりはちょうどジェスの顔のところにありました。

そしたら

おとうさん、私の顔におならした。
Daddy, you just farted RIGHT ON MY FACE..

Yep.

でもその後、ジェスもお父さんもこれにまったく動じず

お父さん、これパジャマ、
お父さん、これ靴下、
お父さん、これスカート。

yep
yep
yep

と、すぐ次の服に取り掛かっているのを見て

私は笑いこけてしまいました。
二人とも真剣に作業をしていたようです。

おならは二人の作業の邪魔にはならなかったようです。

そんな真剣なところがかなり笑えました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

明日は久しぶりに友達が子どもの面倒を見てくれるというので、本当に久しぶりに夫婦でテニスでもしようかなと思っています。

たまにはね。

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j君の秘密

ここだけの話しでス。

イーちゃんは私の古い友達でトロントに引っ越してしまってからは年に数回オタワに帰ってきます。いつも大体1-2週間前くらいに「そっちに行くから泊めて」って感じで来るのです。

今回は「jと行くんだけど私だけ泊めて」という連絡でした。J君は彼女の彼で私の元同僚です。Jはイーちゃん恋しさに仕事を辞めてトロントへ引っ越してしまった男です。うまくやっているなぁと思っていたけど何かもめているんだろうか。ちょっと心配になりました。本当にそれだけのメールだったのです。

で、いろいろ聞いてみたら、

なんと、

J君は息子をつれてやってくるというではありませんか!!!!!

そんな、、、息子がいるとは聞いていない。いやはるか昔に噂で聞いたことはあるけど私はがゼねただと信じて疑っていなかった。家庭という言葉が一番縁遠い男だぞ。本当に息子がいたのだ。

で、その息子っていくつなの?と聞いたら

15歳って言うじゃないですか。

どっぴゃ~~~!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そりゃもうこの話しが完結するまでは、気になって気になって
カナダデイが来るのが待ち遠しかった。

会って話を聞くと。。。

Jは私の同年代、どうやらはるか昔に別れた彼女が勝手に産んだ子どもだったようです。Jはまったく妊娠を知らずに別れたようです。彼女は子どもが3歳のときに始めて連絡して(Jは腰が抜けるほど驚いたらしい)養育費を払えといったようです。彼は速攻で彼女宅を訪ね血液鑑定をしてもらって親子を再確認しそれ以来お金を払っていたようです。彼女は別れてから彼女はここから車で12時間かかる町に引っ越していました。

でもそのときの面会っきり彼女たちは再び引っ越して連絡がつかなくなり、Jは会うことのない息子にせっせとお金を送り続けていたようです。

このたびなんとFACEBOOKで息子を見つけ、それ以来半年ほど密にメールのやり取りをしてこのたび母親を説得して再開にこぎつけたわけで。

そりゃお互いに埋まらなかったパズルが埋まったみたいになんだかうれしそうだった。今までの15年間が埋まるくらいいい父子関係が築けるといいけど。

今回の息子の訪問は合計で10日間。その間はイーちゃんのアパートに居候していたみたい。Jはオタワの家を売ってからずっとイーちゃんとこに転がり込んでいるからね。

父子で大都会トロントを満喫したみたい。

顔はなんだか似ていたね。Jの顔を大きく平らにした感じだった。背はJより少し低かった。でもまだ15歳。Jが188センチだからそこまで行かなくても十分なんだけど。きっと行くでしょう。

イーちゃんは1ベットルームのアパートに大男が二人もいるのは狭くてかなわんと文句を言っていた。

ははは

いろんな人生があるなと思った。


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