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結局

結局今回は降りることにしました。
肩の荷が下りてほっとした。

頭の中が政治から健康と病気に移行していて、責任のない仕事をきちんとこなすので精一杯。来年までいたら査定でがっくり落とされるけどもうこの夏までと思っているのでちょうどいいです。

といっても忙しいのには変わりなし。
これから夏の終わりまで走りぱなし!

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嵐の後は

顔を見たくないほどいやな気持ちをぶつけた後の職場は思ったよりスムーズに元の状態に戻りました。

私はここでひとつ学んだような気がします。

私の中の「根に持つ部分」を切り離すことができるようになった気がするのです。私は昔から揉め事の後の切り替えがとても下手でいつも苦労していました。上手にこなす人をうらやましいと思ったことがどれだけあったか。自分が損しているとわかっていても許せないことがたくさんありました。相手のせいではなかったときもあったのに、そんなのは全く持って逆恨みだった。でも許せなかった。

今回はお互い助け合わないと前に進めないので1回戦は引き分けだったということで、、、冗談を飛ばしながらボスと話が出来るようになりました。

なんだかすごいことを克服したような気がします。

とっても荒治療。

でもきっといつか2回戦がやってくるでしょう。

準備は怠らず。
うちを出たら7人の敵がいる、と昔の人はよくいったものだ。
見方は近くに、敵はもっと近くにおいとくに限るよん。

しまいには戦友になってしまうかもね。私とボスは同じ時期に入社して入れ替わりながら同じポストをシェアして来たのである部分の考え方は似ているのかもしれない。
腹が立ちながらもどこかの何かが自分に影響を与えていて自分の成長につながっていると強く感じた1週間でした。


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宣戦布告

私の業界はある意味で「特殊」である。ほとんどの人がダイハード政治ファンで、そうではなかったら続かないのでやめて言っている。オタワに住んでいるなら当然ともいえる。

政治家に会うと芸能人に会うべく興奮する。
ダウンタウンは日本で言う永田町なんだろう。

政治ファン以外で続かない理由として

プライドを大きく傷つけられる。
給料が安い。
とんでもない阿呆がボスになることがある。

どこの業界もそうじゃん、と思うかもしれないがここで言う阿呆は時々顎が外れるほどの阿呆である。芸能界に近いか。いや、よく考えれば芸能界ほどではないか。まぁ会社組織がそのまま芸能界だと思えばいい。手に負えないのは国家公務員なのでその気になれば定年までい続けられる。

現にベトナムちゃんは私のミーティングの後そっと隣に来て「何でもはい、ハイっていっておけばいいのよ」と耳打ちをしてくれた。彼女は私が12冊のファイルを仕上げる間に3冊のファイルを仕上げ、私がダブルチェックをしないと3箇所のミスを直さず「はいできました」と提出してしまう女性だ。その彼女のここで働く目的は「定年退職」。彼女は彼女なりに長期計画を遂行している。

ここは師弟関係はあるようで無い。でも横の関係はある。私はベトナムちゃんを煙たがっているようでお互い助け合っているところがある。

今回3者ミーティングを開いた。

ボスは私のせいで大変な作業を3度もやり直し1日が丸つぶれだったといった。そしてこれは全部私のせいだと言った。私はこれは私の自己主張の一つで丸つぶれだったどころか大変有意義だったといった。私は自分を変えるつもりもないし、新しいやり方になれていかないのでチームリードを辞退したいといった。

ら、

あの女の驚いた顔!

彼女はぐだぐだをならべて私が適役で他に考えられないので私で行くつもりでいるといった。私は, いや他に適役がいるはずだし私がやると同じようにまたもめる、私には私のやり方があり細かいところまで指示されては出来ない、今まで出来たのは前のボスに理解があったからだとも言った。

彼女はそんなの私が彼女に従えばすむことがとだといったので、私はそっとオフィスマネージャーの顔を見た。

そのチームワークを全く無視した発言、言い方、彼女は失言したのにそれに気がついていない。オフィスマネージャーは気がついている。

ふん、この女墓穴を掘った。と少し気分がよくなった。

彼女はチームの信頼は欲しいけどリードはしたくない、それをマネッジするのが私の役目といってきたので、チームの信頼とリードはパッケージであるからそれが欲しかったらあんたがリードしなさい。彼女は少し狼狽していた。結局それは平行線だった。

私は自分の子どもをこんな大人には育てたくないと思った。

オフィスマネージャーが間にいてよかったと思った。

チームリードの適役が他にいるか?私の意見では「いない」といったところだ。みんな自己主張が激しく自分の与えられた以外の仕事は平気で無視する人間の集団である。みんな「お母さん」がいないと何も出来ないのだ。ボスだってそう。

彼女は私に今週いっぱい考える時間をくれるそうだ。月曜日にもう一度ミーティングがある。

You know, she is a big girl. She can look after herself.




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地雷を踏んだ。

まさにそんな感じだった。

今日はオフィスマネージャーとボスと私の3者ミーティングがある。

彼女(ボス)は私が産休から戻ってすぐすべての面倒な仕事を私に押し付けた女性である。今はマネージャーとなってその面倒な仕事を自分のやりたい様に指示してくる。半年以上しくはくした私には、彼女が頭の中でだけ想像した現実にはとても時間のかかるやり方にはついていけない。

There is no respect between us whatsoever.

昨日はあまりの馬鹿さ加減にとうとう堪忍袋の尾が切れた。私はここまで自分を失ったことがなかった。オフィスマネージャーもさすがに一大事だと取ったようだ。

「ジャンも産休から帰ってきて、元のポジションにつけずに辞めていったのよ」

オフィスマネージャーが言った。
これは私にも辞める選択があると安易に提案している言葉だ。辞めるか?経済的には辞めても飢えることはない。ジャンだけじゃない、秋にはサイラも辞めていった。

でも私は見てみたいのだ。産休から帰ってきた女がどこまで復帰できるか。

旦那とミーティングについて打ち合わせをした。
第三者に意見を聞くのが一番いい。

今朝は朝の4時に目が覚めて眠れずにPCに向かっている。

youtubeで決戦は金曜日でも聞くかぁ。

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フラッシュバック

もうじき誕生日が来る。

去年は旦那が私の選んだ清水の舞台を飛び降りるほどのリングを支払ってくれた。

あの時と今と比べたら。。。。

この1年ほど年を取ったと思う年はなかった。

顔の皺、ものの言い方。
40代に入った女の話し方になってしまった。若さが少しづつ抜けている。

職場は大変だった。今も大変。今のほうが大変といっていい。
上司と合わずに真っ向から対決している。
毎日が冷戦状態。勝ってもいけない、負けてもいけない。
職場のポリティカルゲームの真ん中というよりは少し横気味で融通の利かない26-7歳のマネージャーに手を焼いている。今のボスはなかなかの怠け者だ。働き蜂の私は鼻につくようだ。この間も呼ばれて、全く不本意にお叱りを受けた。オフィスマネージャーをあいだに置いて私も説明のしようのないことに延々と文句を言われた。どちらがわるわけでもないことなのに。と腹も立たずただ疲れている。

でも悪いことばかりではない。

変わったことといえば私の元で働く若い社員が私の顔色を見てものを言うようになった。
私のいうことを理解しないと手の込んだ作業がさらに手が込むということを理解し始めて、私のところへ何度も足を運ぶ。私が「上出来よ」というと心から喜ぶ顔をするようになった。私もこの子をどう育てたらすごい大人になるだろうと考えながらものをいうようになった。そしてみな真剣に私の話を聞いてくれる。

見つめる青写真が大きくなってきた。

とある夜、暗がりでガラスに映った自分の見て「はっ」っと思った。

目が、、、

自分の目が若月チーフみたいだった。

チーフのように少しはれぼったくって怒っているのか笑っているのかちょっとわからないけど何かとても深いことを考えている目だった。自分で言うのもなんだけど鋭い目だった。

あっはははは、もちろん、私はあんなにすごい人ではない。人望と居場所を必死に捜し求めている小さい人間である。

目の形も違うのにどこが似ていたんだろう。

私の覚えているチーフはいつも疲れていた。何に向かって全力投球しているのかわからなかった。でも目はいつも真剣でどこか深いところでいつも考えているようで、そして時々途方にくれていた。それが私にとっての彼女のイメージだった。何に向かっているのがわからなかったのは、同じ職種に就きながら同じ方向を向いていけなかった私には知りうることの出来なかったことだと思う。まさに彼女を理解するのは20年早い青二才だった。

もちろん20年たった今だからといって理解しているわけではない。でも20年たったから理解など出来るわけがないということを知っている。

私にとっては彼女の目がとても印象的に残っている。たまに彼女の目と同じ目をした人に出会う。私の好奇心がそそる。何を考えているんだろう、私にそれを見ることができるだろうか。と思ったりする。

そしてこの間見た同じ目は自分だった。私は疲れていた。失望もあったけれども自信だけはあった。そうだ、人がなんといおうと私は間違っていないという自信があった。あの日は私が間違っていないことを体で証明して見せるという自信だけが自分の見方だったとても惨めな気持ちの日だった。

チーフは私に何を語ることがあったわけではないけど私の中に大きなイメージで残っている。

若月チーフが机に臥せって涙を流していたのを目撃したことが1度だけあった。

何があったのかは知らない。

私が仕事を辞めてからはチーフがどのような活躍をしていたのかは知らないが、人聞きで彼女は今でも現役のようだ。

私もけして負けない。人生の大きな写真を胸に抱いている限りは1度や2度の涙でくじけるようなことはない。若月チーフみたいな目になれたんだったら自分を褒めてあげてもいいだろうとおもった。

そんな夜だった。

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昨日の出来事

Mommy! I wanna eat chocolate cookies!

といって棚の上のチョコレートクッキーを指差した。お父さん秘蔵のクッキーで私がふたを開けることはまずない。

朝8時だったので「朝ご飯の時間でしょう、クッキーはお昼から。」といった。

mommy, it's OK. I don't want to eat cookies any more.
I know you don't want me to eat cookies.....

母としてはこういわれるとグット辛くなるんだな。この子は4歳にしてしっかり大人の顔色を読み発言している。

彼女も両極端な両親を持って混乱しているのだろうか。私はめったにテレビのチャンネルをつけてあげないし、クッキーも週末の午後に気が向いたときしかあげない。

なぜならお父さんが全部あげてしまうからだ。きりがない。

でも将来

おかあさん、私大学にいってあげたわ、だってお母さんが私にいって欲しそうだったから、、、

などとは聞きたくないなぁ。

まぁそれにしてもうちの子は肺炎が終わってからどちらも太ってきたんだよね。何で他の子と同じもの食べてこんなに太るんだろう。ライアンは太もも丸々になってきて抱っこがしんどくなってきた。ジェスもおしりぱんぱん。うちではジュースもお客さんのあるときしか上げないし。デイケアでは他の子が食べるものと同じものを食べている。今はデブではないけど気をつけないと周りにはデブになる食べ物がいっぱい。



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Small World!

まさにお互いにそういってしまった出来事があった。

 

昨日の晩、サンノゼから里帰りしている友人と集うためにアイリッ シュパブに15人くらい集まった。もともとは旦那の友達なのでみんなコンピューターエンジニアだった。私と知り合う前に働いていた会社だから知っているの は一緒にソフトボールしていたその友人とあともう一人だけ、後はみな初めて会う顔ぶれだった。

 

隣に座ったポール君という旦那と同じ年くらいの男と話がはずんだ。どうやら彼のおじさんに当たる人が日本人と結婚しているらしい。

 

そ のおじさんという人は、日本で英語を教えていてその所属する英会話学校が、ハリファックスに支店を出すというので、その先生は志願してハリファックスでカ ナダに留学してくる日本人に英語を教えていた。そこで同じく日本から派遣された日本人の事務員さんと恋に落ちて結婚したらしい。

 

まてよ。。。。。

 

このはなしどこかで聞いたことがある。。。。

 

もしや、

 

酒の席でもあったので勢い余ってそのおじさんの名前を聞いた。

 

「H君だよ」

 

げげげっげ!!!!!!!

 

それは私が15年前日本でデートしていた男ではないか!!!!

別れたその後の風の噂で聞いた話がポール君の入った話とどんぴしゃだったのだ。

 

そりゃおどろいたぁ。

 

でもおじさんというには彼は若いぞ。

 

「そうなんだ、おじさんは僕の2歳上なだけなんだよ」

 

うわ!!!!

 

もうSmall world!

で盛り上がって、旦那も話題の中に入ってきて質問攻めで記憶がいっぺにたっくさんよみがえってきた。

 

でさぁ。

 

あんまりいい思いでなかったんだよね。

Small Worldの喜びはあったけどFacebookで友達になりたいほどではなかった。

 

人生とはそんなものだな。

 

ちなみにうちの旦那はそういったことで嫉妬する男では全くない。逆にそのリレーションシップで何を学んだのかを知りたがるような男であるので、これついては実に盛り上がった。

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