j君の秘密

ここだけの話しでス。

イーちゃんは私の古い友達でトロントに引っ越してしまってからは年に数回オタワに帰ってきます。いつも大体1-2週間前くらいに「そっちに行くから泊めて」って感じで来るのです。

今回は「jと行くんだけど私だけ泊めて」という連絡でした。J君は彼女の彼で私の元同僚です。Jはイーちゃん恋しさに仕事を辞めてトロントへ引っ越してしまった男です。うまくやっているなぁと思っていたけど何かもめているんだろうか。ちょっと心配になりました。本当にそれだけのメールだったのです。

で、いろいろ聞いてみたら、

なんと、

J君は息子をつれてやってくるというではありませんか!!!!!

そんな、、、息子がいるとは聞いていない。いやはるか昔に噂で聞いたことはあるけど私はがゼねただと信じて疑っていなかった。家庭という言葉が一番縁遠い男だぞ。本当に息子がいたのだ。

で、その息子っていくつなの?と聞いたら

15歳って言うじゃないですか。

どっぴゃ~~~!

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そりゃもうこの話しが完結するまでは、気になって気になって
カナダデイが来るのが待ち遠しかった。

会って話を聞くと。。。

Jは私の同年代、どうやらはるか昔に別れた彼女が勝手に産んだ子どもだったようです。Jはまったく妊娠を知らずに別れたようです。彼女は子どもが3歳のときに始めて連絡して(Jは腰が抜けるほど驚いたらしい)養育費を払えといったようです。彼は速攻で彼女宅を訪ね血液鑑定をしてもらって親子を再確認しそれ以来お金を払っていたようです。彼女は別れてから彼女はここから車で12時間かかる町に引っ越していました。

でもそのときの面会っきり彼女たちは再び引っ越して連絡がつかなくなり、Jは会うことのない息子にせっせとお金を送り続けていたようです。

このたびなんとFACEBOOKで息子を見つけ、それ以来半年ほど密にメールのやり取りをしてこのたび母親を説得して再開にこぎつけたわけで。

そりゃお互いに埋まらなかったパズルが埋まったみたいになんだかうれしそうだった。今までの15年間が埋まるくらいいい父子関係が築けるといいけど。

今回の息子の訪問は合計で10日間。その間はイーちゃんのアパートに居候していたみたい。Jはオタワの家を売ってからずっとイーちゃんとこに転がり込んでいるからね。

父子で大都会トロントを満喫したみたい。

顔はなんだか似ていたね。Jの顔を大きく平らにした感じだった。背はJより少し低かった。でもまだ15歳。Jが188センチだからそこまで行かなくても十分なんだけど。きっと行くでしょう。

イーちゃんは1ベットルームのアパートに大男が二人もいるのは狭くてかなわんと文句を言っていた。

ははは

いろんな人生があるなと思った。


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6年目にして初の。。。

_d2_6544smaller横に立っているのはカナダの首相スティーブンハーパーです。
勤続6年目にして初めて30秒ほど話をしました。

実は彼の1番の側近は、なんとはるか昔私の下で働いていた男性で(彼はそのとき大学生だった)、彼が首相に「のんちゃんは随分長く働いているんですよ」といってくれたので「はい、アライアンス時代からです」といったら「もうあの頃にはけしてもどらないよね」と親しみを込めて話してくれたので緊張も少し和らいだのです。

側近として働いている彼と私は、政権が選挙の後で交代してからトランジションの数ヶ月間やることがなくっていつも一緒にだらだらしていた仲でした。いろんな若い子達と働いてきたけど、やっぱり彼はそのときからどこか違ったんだよね。「あ~~きっと手の届かないところにいくんだろうな、、、」と思っていたら、今ではテレビで顔を見るほうが多くなった。笑

もう1人そんな感じの子がいたんだけれど、彼も瞬く間に出世して、環境問題の冊子には大臣の下に名前が載るようになった。

そういうのを見ているのもこれまた面白い。久しぶりに会って懐かしそうに話が弾むと働いてきてよかったと思う。

しかし、ここ数年はそんなギフテットチャイルドにはお目にかかっていない。

ところで、この写真は、年に1度首相の奥様が保守党スタッフと首相事務局とそのリサーチ機関を自宅の庭で行うガーデンパーティに招待してくれるのです。首相の自宅を庶民は親しみを込めて"24 Sussex"と呼びます。まあ住所そのままなんだけど。オタワ川に面した石造りのとても手の行き届いた邸宅です。

過去2年は産休で参加できなかったのですが、今回は久しぶり参加の2回目。いつものことなんだけれどやっぱりグラス半分のワインを飲んでいい感じに酔っぱらって写真を取り巻くって帰って来ました。ケイタリングもホテルのシェフが大型テントの中でローストしたりミックスしたり、全部試してみることの出来ない量だった。美味しかった。ラムのローストが特に。リンカさんなら写真とっているんだろうなぁ。私すっかり忘れていた。ご飯の写真。デザートはバニラアイスにバナナのフライと自家製キャラメルにチョコレートがかかったものだった。

もう少したくさん写真があるのですが、私が取らなかったので今同僚にPCに入れてもらうようお願いしているところです。

6年もいると知っている人のほうが知らない人より多くなりこんな肩の凝るパーティも楽しめるようになったとおもいます。

ここに立つのも最後なんだよなぁと感慨深かった。

本当に自分が成長できた6年だった。

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根競べ

ジェスと私はついつい意地を張ってしまう。

夕方庭の畑に水を上げていたら表のほうへゲートを開けて勝手に行ってしまったので、びっくりして追いかけたら追いかけっこになってしまった。表は車が通るから親がいないときはでてはいけないとあれほどいっていたのに。

母なぜかめちゃめちゃ頭に来て(仕事でいらついたのがあったかも)何度か帰ってくるように行ったがいっこうに馬鹿にしていたようだったので玄関ドアを閉めて鍵をしてしまった。

私は子どもの頃これが一番怖かった。締め出されるという感覚がたまらなく辛かった。

のに、ジェスは結構あっさり諦めて外で一人で遊んでいた。15分とかもっとだったかも。母には何時間にも感じた。怒りを抑え心配で2階の窓からそーっとのぞいていた。

ら、やっぱり「お母さん、ごめんなさ~い!開けて~!」などということはなかった。ドアの向こうとこっちで根競べだった。

ドアを開けたら「トイレ行かせて」で、あっさりうちに入ってきた。
その後何度も話し合いをしたけどあんまり効いた感じはしなかった。怖いおじさんがさらっていく話はあんまり実感がわかなかったようだ。

よく考えたらジェスはこの年になっても一人でドライブウェイから道路に出たことがない。怖いおじさんに接触したこともない。これからどうやって成長していくのだろう。と世間一般同様に母は心配になった。

今日も旦那は風邪で寝込んでいる。母は帰ってきてから超忙しかった。のでもう寝る。

そういえば、あまりに疲れたから今日は寝る前に本を読みませんといったら、ジェスはおお泣きしながら寝ていたようだ。

おお、と思ったら今また寝室に入ってきて病気で寝ている旦那に本を読んであげたいといっている。一人で寝たくないいいわけだな、これは。

今夜は長くなりそうだ。



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お母さん、ピアノが習いたい

と娘に言われた。

母の私はとても複雑な心境である。

すっごくうれしい!私も引きたい。

旦那はまったく興味なし。お金がもったいないと思っている。

続かなかったらどうしよう。

でも先生はいる。

夫婦に音楽才能はないので子どもにピアノが弾けるとも思えない。

こんな感情が頭をぐるぐるする。

これってきっと多くの4歳児をもつ親が経験することだよね。
ピアノは場所とるし。

私には運良くピアノが引ける友人が数名いる。
彼女たちがイスに座って手を持ち上げるところを見ると惚れ惚れするんだなぁ。

私が人生で「~できたらなぁ」と思うことリストのトップ5にピアノがはいる。その次は遠泳だ。

さぁ、夏はサッカーをさせるし、何か1年を通して習えるものを見つけてあげたい。
ピアノがそれになるかな。先生とも相談。

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最近の環境

それはそれは仕事でもめた日々。を通り越したら現在はとても働きやすい環境がやってきました。

私だけでなくボスもハッピーなようで会議中に冗談も飛び交います。私は「いやな仕事を拒否した」感みたいな罪悪感があったのですが、そんなものはどこへやら、ほっておいたら私の好きな仕事がぽろぽろ舞い込んできていやな顔しなくなったのでまわりも穏やかです。

あぁ、時には自己主張も大事なんだなぁ、とこの年になっても学んでいます。

今週からジムに行くようになりました。同じビルの2階なんだけど。

といっても痩せもせず、筋肉もつかず、年取ったらなんでも時間かかるようなんですが。。。笑 体力つけなければいけない。ソフトボールシーズンが始まる。

ちょっと話はそれて、

私はオンラインで小さいクラブを運営しています。「健康を考える」というのですがそこで肺で酸素を取り入れる仕組みを紹介したら、クラブに参加している元看護婦の女性が「腹式呼吸」のよさを語ってくれました。

簡単に説明すると

酸素は肺胞に達したときに血液の中に入る。

肺胞は肺の真ん中ではなく壁に近いところにある。

つまりは浅い呼吸、気管支にはいってすぐにでていってしまうような場合は吸ったすべての酸素が身体の中に入っていかない。

基本的には身体かってにがコントロールしているようです。酸素が多すぎても二酸化酸素が少なすぎてもバランスを壊します。

でもエクササイズをしているとき、自然の呼吸が出来ないとき(風邪、緊張とかストレスとか)は出来るだけたくさんの酸素を身体に送ってあげたい。

で、その元看護婦さんがいいました。

「肺はどちらかといえば三角で、下の部分のほうが面積が広い。肩で息をするより腹で息をしたほうが肺にたくさん空気がはいる」

なるほど、

つまりは肺胞もたくさんあるから同じ呼吸でも酸素の取り込み量が多いんだな。これは単純計算から私が得た答えなのだけれど。

ジムで30分超早歩きをしているんだけど、腹式呼吸に気をつけるようになってからジムの疲れが残らないんだな。手足が重く感じる疲れがない。

もしかしたら酸素が身体にいきわたっているからかなぁ。。。

とひそかに考えている。

夏はもう間近。冬に太った3キロが、、、、落ちてくれないかなぁ。。。。

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結局

結局今回は降りることにしました。
肩の荷が下りてほっとした。

頭の中が政治から健康と病気に移行していて、責任のない仕事をきちんとこなすので精一杯。来年までいたら査定でがっくり落とされるけどもうこの夏までと思っているのでちょうどいいです。

といっても忙しいのには変わりなし。
これから夏の終わりまで走りぱなし!

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嵐の後は

顔を見たくないほどいやな気持ちをぶつけた後の職場は思ったよりスムーズに元の状態に戻りました。

私はここでひとつ学んだような気がします。

私の中の「根に持つ部分」を切り離すことができるようになった気がするのです。私は昔から揉め事の後の切り替えがとても下手でいつも苦労していました。上手にこなす人をうらやましいと思ったことがどれだけあったか。自分が損しているとわかっていても許せないことがたくさんありました。相手のせいではなかったときもあったのに、そんなのは全く持って逆恨みだった。でも許せなかった。

今回はお互い助け合わないと前に進めないので1回戦は引き分けだったということで、、、冗談を飛ばしながらボスと話が出来るようになりました。

なんだかすごいことを克服したような気がします。

とっても荒治療。

でもきっといつか2回戦がやってくるでしょう。

準備は怠らず。
うちを出たら7人の敵がいる、と昔の人はよくいったものだ。
見方は近くに、敵はもっと近くにおいとくに限るよん。

しまいには戦友になってしまうかもね。私とボスは同じ時期に入社して入れ替わりながら同じポストをシェアして来たのである部分の考え方は似ているのかもしれない。
腹が立ちながらもどこかの何かが自分に影響を与えていて自分の成長につながっていると強く感じた1週間でした。


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宣戦布告

私の業界はある意味で「特殊」である。ほとんどの人がダイハード政治ファンで、そうではなかったら続かないのでやめて言っている。オタワに住んでいるなら当然ともいえる。

政治家に会うと芸能人に会うべく興奮する。
ダウンタウンは日本で言う永田町なんだろう。

政治ファン以外で続かない理由として

プライドを大きく傷つけられる。
給料が安い。
とんでもない阿呆がボスになることがある。

どこの業界もそうじゃん、と思うかもしれないがここで言う阿呆は時々顎が外れるほどの阿呆である。芸能界に近いか。いや、よく考えれば芸能界ほどではないか。まぁ会社組織がそのまま芸能界だと思えばいい。手に負えないのは国家公務員なのでその気になれば定年までい続けられる。

現にベトナムちゃんは私のミーティングの後そっと隣に来て「何でもはい、ハイっていっておけばいいのよ」と耳打ちをしてくれた。彼女は私が12冊のファイルを仕上げる間に3冊のファイルを仕上げ、私がダブルチェックをしないと3箇所のミスを直さず「はいできました」と提出してしまう女性だ。その彼女のここで働く目的は「定年退職」。彼女は彼女なりに長期計画を遂行している。

ここは師弟関係はあるようで無い。でも横の関係はある。私はベトナムちゃんを煙たがっているようでお互い助け合っているところがある。

今回3者ミーティングを開いた。

ボスは私のせいで大変な作業を3度もやり直し1日が丸つぶれだったといった。そしてこれは全部私のせいだと言った。私はこれは私の自己主張の一つで丸つぶれだったどころか大変有意義だったといった。私は自分を変えるつもりもないし、新しいやり方になれていかないのでチームリードを辞退したいといった。

ら、

あの女の驚いた顔!

彼女はぐだぐだをならべて私が適役で他に考えられないので私で行くつもりでいるといった。私は, いや他に適役がいるはずだし私がやると同じようにまたもめる、私には私のやり方があり細かいところまで指示されては出来ない、今まで出来たのは前のボスに理解があったからだとも言った。

彼女はそんなの私が彼女に従えばすむことがとだといったので、私はそっとオフィスマネージャーの顔を見た。

そのチームワークを全く無視した発言、言い方、彼女は失言したのにそれに気がついていない。オフィスマネージャーは気がついている。

ふん、この女墓穴を掘った。と少し気分がよくなった。

彼女はチームの信頼は欲しいけどリードはしたくない、それをマネッジするのが私の役目といってきたので、チームの信頼とリードはパッケージであるからそれが欲しかったらあんたがリードしなさい。彼女は少し狼狽していた。結局それは平行線だった。

私は自分の子どもをこんな大人には育てたくないと思った。

オフィスマネージャーが間にいてよかったと思った。

チームリードの適役が他にいるか?私の意見では「いない」といったところだ。みんな自己主張が激しく自分の与えられた以外の仕事は平気で無視する人間の集団である。みんな「お母さん」がいないと何も出来ないのだ。ボスだってそう。

彼女は私に今週いっぱい考える時間をくれるそうだ。月曜日にもう一度ミーティングがある。

You know, she is a big girl. She can look after herself.




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地雷を踏んだ。

まさにそんな感じだった。

今日はオフィスマネージャーとボスと私の3者ミーティングがある。

彼女(ボス)は私が産休から戻ってすぐすべての面倒な仕事を私に押し付けた女性である。今はマネージャーとなってその面倒な仕事を自分のやりたい様に指示してくる。半年以上しくはくした私には、彼女が頭の中でだけ想像した現実にはとても時間のかかるやり方にはついていけない。

There is no respect between us whatsoever.

昨日はあまりの馬鹿さ加減にとうとう堪忍袋の尾が切れた。私はここまで自分を失ったことがなかった。オフィスマネージャーもさすがに一大事だと取ったようだ。

「ジャンも産休から帰ってきて、元のポジションにつけずに辞めていったのよ」

オフィスマネージャーが言った。
これは私にも辞める選択があると安易に提案している言葉だ。辞めるか?経済的には辞めても飢えることはない。ジャンだけじゃない、秋にはサイラも辞めていった。

でも私は見てみたいのだ。産休から帰ってきた女がどこまで復帰できるか。

旦那とミーティングについて打ち合わせをした。
第三者に意見を聞くのが一番いい。

今朝は朝の4時に目が覚めて眠れずにPCに向かっている。

youtubeで決戦は金曜日でも聞くかぁ。

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フラッシュバック

もうじき誕生日が来る。

去年は旦那が私の選んだ清水の舞台を飛び降りるほどのリングを支払ってくれた。

あの時と今と比べたら。。。。

この1年ほど年を取ったと思う年はなかった。

顔の皺、ものの言い方。
40代に入った女の話し方になってしまった。若さが少しづつ抜けている。

職場は大変だった。今も大変。今のほうが大変といっていい。
上司と合わずに真っ向から対決している。
毎日が冷戦状態。勝ってもいけない、負けてもいけない。
職場のポリティカルゲームの真ん中というよりは少し横気味で融通の利かない26-7歳のマネージャーに手を焼いている。今のボスはなかなかの怠け者だ。働き蜂の私は鼻につくようだ。この間も呼ばれて、全く不本意にお叱りを受けた。オフィスマネージャーをあいだに置いて私も説明のしようのないことに延々と文句を言われた。どちらがわるわけでもないことなのに。と腹も立たずただ疲れている。

でも悪いことばかりではない。

変わったことといえば私の元で働く若い社員が私の顔色を見てものを言うようになった。
私のいうことを理解しないと手の込んだ作業がさらに手が込むということを理解し始めて、私のところへ何度も足を運ぶ。私が「上出来よ」というと心から喜ぶ顔をするようになった。私もこの子をどう育てたらすごい大人になるだろうと考えながらものをいうようになった。そしてみな真剣に私の話を聞いてくれる。

見つめる青写真が大きくなってきた。

とある夜、暗がりでガラスに映った自分の見て「はっ」っと思った。

目が、、、

自分の目が若月チーフみたいだった。

チーフのように少しはれぼったくって怒っているのか笑っているのかちょっとわからないけど何かとても深いことを考えている目だった。自分で言うのもなんだけど鋭い目だった。

あっはははは、もちろん、私はあんなにすごい人ではない。人望と居場所を必死に捜し求めている小さい人間である。

目の形も違うのにどこが似ていたんだろう。

私の覚えているチーフはいつも疲れていた。何に向かって全力投球しているのかわからなかった。でも目はいつも真剣でどこか深いところでいつも考えているようで、そして時々途方にくれていた。それが私にとっての彼女のイメージだった。何に向かっているのがわからなかったのは、同じ職種に就きながら同じ方向を向いていけなかった私には知りうることの出来なかったことだと思う。まさに彼女を理解するのは20年早い青二才だった。

もちろん20年たった今だからといって理解しているわけではない。でも20年たったから理解など出来るわけがないということを知っている。

私にとっては彼女の目がとても印象的に残っている。たまに彼女の目と同じ目をした人に出会う。私の好奇心がそそる。何を考えているんだろう、私にそれを見ることができるだろうか。と思ったりする。

そしてこの間見た同じ目は自分だった。私は疲れていた。失望もあったけれども自信だけはあった。そうだ、人がなんといおうと私は間違っていないという自信があった。あの日は私が間違っていないことを体で証明して見せるという自信だけが自分の見方だったとても惨めな気持ちの日だった。

チーフは私に何を語ることがあったわけではないけど私の中に大きなイメージで残っている。

若月チーフが机に臥せって涙を流していたのを目撃したことが1度だけあった。

何があったのかは知らない。

私が仕事を辞めてからはチーフがどのような活躍をしていたのかは知らないが、人聞きで彼女は今でも現役のようだ。

私もけして負けない。人生の大きな写真を胸に抱いている限りは1度や2度の涙でくじけるようなことはない。若月チーフみたいな目になれたんだったら自分を褒めてあげてもいいだろうとおもった。

そんな夜だった。

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